常に時代を動かすのは、その時々の英雄である。 それは現実の投影である鏡面世界においても変わらない。 今此処に歴史は繰り返され、 しかし過去の英雄譚とは異なる物語が紡がれる。 それこそはかの三國志。『幻想三國志』。 ・・・・・・ ・・・・ ・・ 長陽城・北区。 釣り場にて日々の糧を求める青年の姿がある。 質素な衣服に中肉中背、癖っ気混じりの茶褐色髪。 容姿においては別段際だったものの無い人族の彼は、 あぐらをかいて水面に釣り糸を垂らし、 今日の飢えを凌ぐ為にも獲物を虎視眈々と狙って… いるハズなのであるが、口端から涎を溢して イイ感じに船を漕いでいる様は、 古の名将・太公望を彷彿とさせなくもない。 いや訂正、何処からどう見ても只のお気楽な青年である。 「……くぅ〜…くぅ〜……んぐ、むにゃむにゃ」 思い出したように浮かべる微笑…もとい、にへら顔が シアワセオーラを醸し出しているが……。 唐突にたわむ竿。青年ごと水底に引き込もうとする獲物。 そんな切迫した事態であるのに起きる気配がない。 相当大物であるのか、容赦なく引き込まれる竿。 比例して水面へと傾いていく青年。 既に60°近くまで傾いている……のに落ちないのは ある種神懸かり的力がある故か。お笑いの神辺り。 それだとさっさと水底に沈むべきなのかもしれないが。 「…まったく、人がシアワセを享受している時に どうして邪魔をしてくれるのか」 竿を握る両手ににわかに力が籠もる。 跳躍するようにしてあぐらを解くと右足を前に出して 左足に体重を掛け、復讐開始だと言わんばかりに 気合い一閃、後ろに倒れんばかりの勢いで竿を引く。 次の瞬間、水面に踊る大きな魚影、日に照らされ輝く鱗。 それは水しぶきの帯で曲線を描きながら魚籠(びく)へと。 戦いに負けて尚元気に暴れる獲物を横目に大あくび。 「っくあああぁぁぁぁ……。んむ、よく寝た」 一つ大きく伸びをして、これだけ大きければとりあえず 問題ないだろうと、さっさと帰り支度を始める青年。 その様は、先程の見事な一本釣りからは想像できず、 それ以前の様子からは納得の、実に眠たげなものであった。 「お、簾希(れんき)兄ぃおかえりー」 長陽北区・釣り場から北東へ少し。 山の中にひっそりと立つ一軒家の前で、 箒を手に掃除をしつつ出迎える少年。 否、少年とはあくまで実年齢的にそう呼ぶべきなだけで、 兄である簾希より頭二つ分は突出している巨漢。 そして筋骨隆々なその体。まさにその容貌は修羅族。 「ただいま」 軽く片手を上げてそれに応える青年−−簾希は 眠そうだった顔を綻ばせる。(笑顔でも眠そうだが) 「おかずは捕れた?」 「ああ、大物が一匹釣れたから煮付けにでもしよう。 頼むよ定蝉(ていせん)」 手に持った魚籠を手渡し、代わりに箒を受け取る簾希に、 定蝉と呼ばれた少年は苦笑する。 「簾希兄ぃ、普通に料理できるんだから 自分で作ればいいのに」 「可愛い弟の楽しみを奪う気はないさ。 それに、私は釣りで満足しているからね」 「確かに料理…というか家事は俺の実用趣味だけどさ。 簾希兄ぃの場合面倒だからって感じるよ」 「気にするな、事実がどうあれ 弟の事を想っているのは間違いない」 「仕方ないなぁ、それじゃ準備するから 後片付けはよろしくね」 「それくらいは…ふぁ…ぁぁ……任された」 大あくびをしながら送り出す簾希の様子に、 定蝉は全く簾希兄ぃはと苦笑しつつ家の中へと入る。 数刻。 火が通っていい具合にほぐれ、餡と絡まった魚に 他おかず数点と玄米ご飯と汁物。 質素ではあるが手の込んでいる夕飯である。 湯気と共にいい匂いも立ち上り、腹の虫を騒がせる。 しかし、それらを囲む男二人は手を付けられずにいた。 それは、本来ならこの場にいなくてはならない “もう一人”が、三兄弟の次男が居ないためなのだが……。 「……項進(こうしん)兄ぃ、遅いね」 「遅い、な。普段ならもう帰ってくる頃合いのハズだが……」 「何か、項進兄ぃの身に何かあったのかな?」 居住まいを乱す定蝉。それを上辺では落ち着いている簾希が そっとたしなめる。 「いくら当人に色々問題があるとは言っても、 そう簡単に命を落とすほどヤワではないからな。 そうなっている可能性は低いだろう。 ……いや、恨みを買って毒殺でもされているのかもしれんが」 その場合は同情はできんなぁ自業自得だしとうんうん頷く簾希。 「そんなっ、俺達は三人で一つだって誓ったのに、 一人だけ先に欠けるなんて事があったら………っっ!!」 さらに取り乱す定蝉。しかし恨みからだったら同情できないね と付け足すことは定蝉も忘れていなかった。 そうしてさらに数刻。 流石に冷めてしまっては美味しくないと、 そうなる前に夕飯を済ませてしまった簾希と定蝉だが、 いい加減帰ってこない項進の事が 本気で心配になってきているようで、そわそわ落ち着かない。 何事も手が着かない中、簾希が動く。 「定蝉、少し辺りを見て回ってくるから留守番を頼む」 「そんな、項進兄ぃを探しに行くなら俺も一緒に……っ」 「いや、もしあいつの身に何かがあったとして、 それが私達にも害のあるモノであったら危険だ。 それに、何事もなく項進が帰ってきたときに 二人とも留守では状況があべこべになってしまうぞ」 「万が一、という場合なら尚更一緒に行くべきだと 思うけど……確かに二人とも留守にするのは不味いか。 分かった、俺は待機してるよ。無理しないでね簾希兄ぃ」 「分かっている、無駄に命を捨てるような気はないさ」 そう言って定蝉に笑ってみせる簾希だが、 外へと向き直ってかけだそうとしている彼の顔は……。 「……待っていろ」 そう呟く。 そして簾希が戸に手を掛け開いた。 その時事件は起こった。 がらり。 「只今帰ったよー」 ごっちん。 三音同時。見事なまでに頭同士がクリーンヒットで 敷居を挟んでうずくまる男二人。 「うおおぉぉぉぉ…………」 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」 訂正、外から来た方は転げ回っていた。 どうやら口を開いていたところでの追突であった為 舌を噛んでしまったようである。 「簾希兄ぃ、大丈夫!?」 「っつぅぅ……ああ、何とかな」 心配げな顔で駆け寄る定蝉とそれに応える簾希。 一方心配されてもいいハズであるもう外の男は放置。 「〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっ!!!」 「うわ、コブになってるよ…… 何か冷やすモノ持ってくるね」 「すまん、頼む……」 「〜〜〜〜〜〜………くふぅ……… て、定蝉、私の心配をすることを忘れていないかい」 ようやく激痛という戒めから解き放たれたらしい 男−−項進は助けを求めるように手を伸ばす。 「あ、そうだった」 「そうだったって……」 「おかえり項進兄ぃ、 そんなトコで寝てると風邪引くよ」 「……簾希兄者ー」 義弟である定蝉にあしらわれて 今度は義兄である簾希に救いの手を。 「とりあえず転がり回りたいなら家に入れ。 外でやられると恥ずかしいぞ、身内として」 「……しくしく」 泣き崩れる項進。 長男と三男は何故か次男の扱いがぞんざいなのであった。 「今日は随分と帰りが遅かったが、何かあったか」 項進の夕食−−定蝉が用意した分は さっさと食べてしまって既に無かったので あり合わせの材料で作られていて、そこでもまた項進は 泣き崩れたという−−がつつがなく終わりを迎えたところで そう切り出した簾希。 天人族特有の、しかしソレとは一線を画す程の容姿−−ともすれば 女性であると言われそうである−−の項進は神妙な顔つきになる。 「…………数刻前、全土に対して“虚身衆(こしんしゅう)” なる勢力から『宣戦布告』があり、その直後より各地で 中規模の戦争が発生。その地その地の有力者達が 勇士を率いて対抗したが半数は敵わずに全滅か隣地へと撤退。 宣戦布告より数刻で虚身衆の“領地”は全土の半分にまで拡大。 しかしそれ以外の地域は侵攻するも占領は出来なかったようで、 一旦兵を引き今は沈黙を保っている。突如発生したこの勢力の 思惑はいかんとも知れないものの、このまま蹂躙されることを 傍観することは出来ない。よってここに力ある有志を募り これに対抗するものである」 淡々と、遅くもなく早くもない口調で言い上げる項進。 それを聞いて顔が険しくなる簾希と、よく分かっていない定蝉。 「……とまぁ、こういう御触書が長陽の至る所で出されている。 実家に確認を取ってみたけど、冗談ではないようだね」 「それで、実家の手伝いをしていたということか。お前の人脈は かなりのモノであるからな」 項進が遅くなった理由をそう推測する簾希。項進は肩をすくめる。 「一応そうなるかな。後は武具の調達とか外壁の補強とか、 そういった諸々の手配」 「ふむ……首尾はどうだ」 「断片的な情報しか入ってこないから何とも言えないけども 現状の備えじゃ楽観できないだろうね。 長陽では有力者達が独自に持っていた兵力を提供し合って、 そこに百人ほど集まってきた勇士を含めて、戦力としては おおよそ三百。勇士達はばらつきがあるけどそれなりの手練が 揃ってるけど……」 「数刻で全土の半分だからな……相当の兵力があって さらに統率が優れている者がそれらを率いているのだろうな」 「今日、南区のジョカ台では武闘大会が行われていたそうだよ。 今回が五回目の開催で、前回も前々回も二百人程の参加者が 集まったそうだから、きっと今回もそれくらい居ただろうね。 一騎当千の、と言えるまでの実力者は一握り居るかどうかだろうけど それでも相当な猛者が集まっていただろうに、結果としては南区も 奴らに占領されてる。生き延びた参加者の数人が 長陽に流れてきていたけど、大半はやられたそうだよ」 「成る程。……それは確かに、楽観は出来ないな。 それを見越して今日宣戦布告したのであれば余計にだ……」 「意図的に生還者を出して各地に流したフシがあるしね。 真実はどうであれ、衝撃が大きいのは確かだろうねぇ」 「力を持たぬ者達にとっては恐怖以外の何物でもないな。 少なくともこれ以前の平穏を乱す出来事であるのは間違いない」 「そして、その乱れは確実に、遠くない未来私達にも襲いかかる」 「……我等、平穏を求め平穏を保つ誓いを立てるもの也」 今まで話の流れについて行けずに傍観していた定蝉がぽつりと呟く。 「我等、流るる血は重ならずとも、志を重ねる事にて兄弟とし」 その呟きに項進が続き。 「求める平穏の為、我等は互いに力を合わせ」 簾希が続き。 「「「それを挫くあらゆるものに立ち向かわんと誓う」」」 その言葉は、『彼らを彼ら』たらしめる戒め。 「……簾希兄上」 「簾希兄ぃ」 二人の弟の視線を受け、すっと目を閉じ、ゆっくりと深呼吸。 その後ゆっくりと目を開けた簾希は。 「−−…………私達にどこまで出来るかは分からないが、 誓いを果たすためにも、征こう、長陽へ」 −−今此処に、ひとつの小さな伝説が始まる。 ・英雄の定義 英雄、それは「時代を動かす者」なり。 故に英雄は常に人に非ず。 獣でもあり魔物でもあり自然でもある。 英雄という言葉自体に崇高な印象があるが 事実英雄が歩むのは暴虐の路であり、 崇高な印象は一面的なモノでしかない。 「時代を動かす者」。 暴虐を持って時の分岐を作るモノ。 それが、英雄である。 ・キャラクタープロフィール 名 前:簾希(れんき) 性 別:男 種 族:人族 年 齢:24歳 身 長:168cm 体 重:54kg 出身地:不明 性 格:温厚にして公明正大。平穏をこよなく愛する故に その為の必要悪もあると考えているが、義理堅く、 自身の葛藤に板挟みされることもしばしば。 基本的にはお気楽主義者を気取っているが、 目的を遂げる為の機転と行動力に富む。 容 姿:至って中肉中背。だからといってひ弱そうな印象はない。 やや癖毛が目立つショートカットの黒茶褐色の髪に 赤みの強い茶色の瞳を持つ。 服装は基本的に質素な恰好を好むが、オンとオフの 差が凄まじく、オン状態だと超豪華絢爛な服装になる。 職 業:平民(Lv35)、楽師(Lv55)、医者(Lv42)、剣客(Lv30) 得 物:陰陽剣x2(物攻特化と法攻特化)  癖 :特になし 趣 味:釣り(Lv40) 好 物:お茶全般 嫌 物:香りの強いもの 補 足:両親不詳。育ての親である翁曰く 『トンでもないところで拾った』。 何処で拾ったかまでは聞かされておらず、 聞く前に翁が帰らぬ人となってしまった為 自身の出自に関しては全く知らない。 しかし、その時の自分が身に纏っていたらしき 服(のようなモノ)を見る限りでは 素材からして高級なものであるコトから それなりに裕福な家庭の生まれではあるようだ。 名 前:項進(こうしん) 性 別:男 種 族:天人 年 齢:22歳 身 長:179cm 体 重:62kg 出身地:長陽城 性 格:これでもかというくらいの快楽主義。 気に入った女性は食わずにいられない人。 しかし絶対人妻には手を出さず、 自分以外の想い人がいる女性からも手を引く。 女性を口説き落とすためには割と何でもするが、 人の道に外れるマネは断固として嫌う。 基本的には女に優しく男に厳しい。 容 姿:美しすぎる、腰程まである黒髪に漆黒の瞳。 割と筋肉質なので露出が高いと間違われないが、 着やせする(着込み具合では自分より小柄で 肉付きも薄い簾希より線が細く見える)上に 女顔であるため、女装すると男だとほぼバレない。 基本的にどのような服も着崩す傾向にある。 職 業:平民(Lv28)、剣客(Lv55)、刀客(Lv55)、商人(Lv34) 得 物:九環刀  癖 :ナンパ(癖と言うより性?) 趣 味:錬金(Lv45) 好 物:女性全般、ハッカと香草を巻いた煙草 嫌 物:簾希と定蝉以外の男全般 補 足:長陽城でも指折りの名門の生まれ。 五人兄弟の三男で、その有能さから 将来を有望視されていたのだが、 「三男なんて半端なトコロに期待されても困る」 と言い残してさっさと家を出る。 しかしてその真意は、お堅い実家にいては 世の女性達と楽しく遊べないから、である。 その性格故敵が多いが味方も多い。 尚、趣味の錬金は女性へのプレゼントを 作るためのモノであり、それ以外では例外を除き 絶対に披露することはないので、厳密には 趣味とは言い難い。 どちらかというと、趣味と言えるのは女装……? 名 前:定蝉(ていせん) 性 別:男 種 族:修羅 年 齢:19歳 身 長:207cm 体 重:101kg 出身地:長陽北区・山岳地帯 性 格:堅実主義。しかし現実主義ではない。 むしろ夢見度においては三兄弟中一番。 兎に角地味な作業が好きで、 目立たないことに美を感じる。 意外に激情家で、思い入れの度合いによっては 即席の鬼神と化す。そうなると止められるのは 長兄である簾希のみである。 容 姿:赤銅色の髪と瞳を持ち地味な色調の服装を好む。 動きやすさ、作業のしやすさを基準とする。 次点でなるだけ丈夫な作りの服を好む。 鎧のような重い装備は着けたがらない。 職 業:平民(Lv39)、傭兵(Lv50)、武術家(Lv60) 得 物:三叉戟、鋼鉄のグラブ  癖 :行く先々での薬草探し 趣 味:牧畜(Lv31)、農耕(Lv35) 好 物:野菜全般 嫌 物:味の濃いモノ、酒(調味料としては可) 補 足:辺境で生まれ育ったごく普通の人物。次男坊。 幼い頃から体が大きく力が強かった為 父親と同じく傭兵を志す為特訓してきたが 重い鎧を纏うのが何故か性に合わず、 己の肉体だけで闘う術である武術を習うコトに。 この若さで教える側になるほどの修得ぶりだが 当人は専ら家事や農作業にのめり込んでいて 教師としての道には興味はないらしい。 ・三兄弟の『桃園の誓い』 一ヶ月ほど前、長陽・北区にて 『謎の妖魔大量発生事件』が起こる。 今まで誰も見たことのない妖魔が大量に北区に出没し 長陽城へとなだれ込もうとしていた。 その時にそれを食い止めた勇士の内の三人が 簾希、項進、定蝉である。 それぞれはお互いに背中を守り合った仲として 付き合うようになり、その後意気投合したことで 長陽城、桜の花吹雪の中『誓い』を結ぶこととなる。 尚、『謎の妖魔大量発生事件』での三人の戦い振りと それぞれの出会いやそれまでの経緯等は のちに語ることとする。